(中略)
戦国時代の展開(1528年~1537年)
この10年間は、織田信長・上杉謙信・武田信玄など、後の戦国の主役たちが誕生する時期でもあり、同時に戦国大名たちが領国支配を固めながら激しく競い合っていた時期です。中央では細川晴元と三好氏が台頭し、地方では北条、武田、今川、毛利などが力をつけていきます。
年表(1528年~1537年)
| 年 | 幕府・中央 | 畿内・西国の大名 | 関東・東国の大名 | 九州・四国・東北の動き |
|---|---|---|---|---|
| 1528年 | 足利義晴が12代将軍に就任 | 細川晴元が京都を掌握 | 北条氏綱、武蔵・相模を安定支配 | 毛利元就、家督を正式に継承 |
| 1529年 | 幕府の権威は回復せず | 三好元長が台頭 | 今川氏親が没、氏輝が家督継承 | 大友義鑑が肥後へ進出開始 |
| 1530年 | 幕府内抗争が続く | 細川晴元と三好元長の連携強化 | 武田信虎、信濃へ本格侵攻 | 島津忠良、薩摩での影響力拡大 |
| 1531年 | 天文の錯乱:細川晴元、三好元長を攻撃 | 三好元長戦死、三好長慶が台頭へ | 北条氏綱が関東管領・上杉氏と抗争開始 | 伊達稙宗が仙台・米沢方面を支配強化 |
| 1533年 | 義晴、幕府再建に苦心 | 細川晴元、畿内支配を固める | 今川氏輝の政権が安定 | 長宗我部国親が四国で台頭継続 |
| 1534年 | 織田信長、尾張で誕生 | 武田信虎、駿河・信濃へ圧力を強める | 大友義鑑、豊後支配を確立 | |
| 1535年 | 義晴、京での権威低下 | 三好長慶が幕政に関与 | 北条氏綱、小田原を拠点に関東支配強化 | 島津忠良、日向進出を計画 |
| 1536年 | 今川氏輝死去、今川義元が家督を巡り争う | 毛利元就、郡山合戦で安芸国人勢力と対決 | ||
| 1537年 | 義晴、幕政再建に失敗 | 細川晴元と三好長慶が提携 | 今川義元が家督継承、今川家体制整う | 東北では伊達家の支配体制が強化 |
主な動向(1528年~1537年)
✅ 中央政界:足利義晴と細川晴元の体制
12代将軍・足利義晴は形式的には幕府を率いていたが、実質的な権力は細川晴元や三好氏が握っていました。1531年には「天文の錯乱」が起き、三好元長が戦死。これにより、三好長慶が新たな勢力として台頭します。
✅ 織田信長の誕生(1534年)
この時期に後の戦国の覇者となる織田信長が誕生します。尾張の守護代・織田家の家系に生まれ、のちに全国統一の道を歩み始める重要な存在です。
✅ 東国・甲信・関東の勢力変化
- 北条氏綱が武蔵・相模・伊豆を支配下に置き、関東支配を強化。
- 武田信虎が信濃へ侵攻を本格化。
- 今川氏輝の死後、今川義元が家督を継承し、駿河・遠江を安定させる。
✅ 西国・四国・九州の情勢
- 毛利元就が家督を継ぎ、郡山合戦などで地盤を固め始める。
- 長宗我部国親が土佐での支配を広げ、四国統一への布石を打つ。
- 大友義鑑が豊後支配を確立、島津忠良が薩摩・日向で勢力を拡大。
- 伊達稙宗が東北全体への影響力をさらに強める。
まとめ
この10年間は、次世代の戦国武将たちが表舞台に現れ始め、全国的に戦国大名の支配が強固になっていく時期でした。
- 三好長慶、今川義元、毛利元就、北条氏綱、武田信虎といった後のキーマンが台頭。
- 織田信長の誕生という歴史的な起点。
戦国時代の本格的な勢力図がこの時期に形作られつつあります。
次回は、1538年~1547年を見ていきます!


